上咽頭擦過療法について

2025.05.06

 先日、とは言っても、すでに2か月近く前ですが、旭川医科大学元教授で、現名誉教授をされている原淵先生からメールが届きました。「慢性上咽頭炎に対する上咽頭擦過療法について総説を書いたので、勉強するように」との奨めです。ありがたいことです。原淵先生は、私の最も尊敬する耳鼻咽喉科医の一人です。

 上咽頭擦過療法は、50年以上も前から行われている治療法ですが、いつしか廃れ、一部の臨床家によって細々と伝えられてきたものの、最近では、ほとんど日の目をみることはありませんでした。ところが、新型コロナ感染症の流行を契機に、その後遺症とし倦怠感やBrain-fog(頭がぼーとして、考えがまとまらない状態)が社会問題となり、そのような症状に対する効果的な治療法として、再び上咽頭擦過療法に注目が集まり、当院でも様々な症例に施行してきました。ところが、その有効性の機序についての報告は少なく、自分の中でも腑に落ちないように感じていたのも事実です。

 しかし、原淵先生の総説には、一部の推論はあるものの、明確にその有効性の機序が書かれており、霧が晴れるような思いがしたので、今日はこのコラムを書くことにしました。

 上咽頭とは、鼻の突き当り、ちょうど口蓋垂(のどちんこ)の裏あたりの咽頭壁ですが、ここに慢性的に炎症が起こっている状態を慢性上咽頭炎と呼びます。耳鼻咽喉科の内視鏡ファイバーを使って観察すれば一目瞭然で、粘膜の発赤や腫れ、粘液の付着が認められます。慢性上咽頭炎の症状は、後鼻漏、咽頭痛、せき、肩こり、頭痛、慢性的な疲労感、めまい、動悸、不眠、不安、など様々あります。それらの症状を引き起こしている原因が上咽頭にある場合に上咽頭擦過療法が有効なのです。上咽頭にはリンパ組織があり、さらに迷走神経も広く分布しています。さらに脳脊髄液の老廃物の流出にも関わっているとのことです。有効性の作用機序としては、抗炎症作用、抗ウイルス作用、粘膜にうっ滞した組織間液の瀉血作用、自律神経調節作用などが関与しているとのことです。コロナ後遺症のみでなく、一時期騒がれていた子宮頸がんの予防薬であるHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン接種後の不定愁訴にも効果があるようです(余談ですが、ワクチンの成分自体に問題があるわけではありませんので、くれぐれも勘違いされないようにお願いします)。

 上咽頭擦過療法の有効率は概ね8割程度と考えられており、もちろん全員に効果があるわけではありませんが、その対象が現代の医療で直すことが難しい難治性疾患を含んでいることを考えると多くの患者さんにとって大きな福音でしょう。当院でも、潰瘍性大腸炎の方が、上咽頭擦過療法を初めて、長年悩んでいた下痢が止まったと驚いていました。今後も、細々とではありますが、治療を続けていきたいと思っています。大学病院時代には、データを取って、治療効果を振り返ることをするのが当たり前でしたが、今ではその時間も全くないのが残念ですが、一人でも喜んでいただける方がいれば幸いです。